高精度なバイタルデータを取得できる機能素材「hitoe®」

スポーツ分野での代表的な取組みが、着るだけで生体情報の連続計測を可能とする機能素材『hitoe』だ。ドコモではこの素材を用いたスポーツウェアに加えて、トランスミッターなども組み合わせた総合的なソリューションで、スポーツ分野におけるデータ活用を支援している。

今回のフォーラムでは「センシングウエア hitoeの挑戦~医療 作業者安全 スポーツへの展開~」と題し、日本電信電話株式会社 物性科学基礎研究所 上席特別研究員の塚田信吾からhitoeの可能性を示唆する講演が行なわれた。講演のなかで塚田は、hitoeの特徴を以下のように語った。

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「hitoeの特徴は親水性にあります。繊維を電極として機能させるためには導電性が必要ですが、従来のナイロンに銀をコーティングした繊維に比べると、hitoeは親水性が非常に高いため。バイタルデータを取得する生体用電極として使うには非常に適した素材といえます。特に冬場や夜間など皮膚の角質が乾燥する状況では、生体から電気が取りづらくなりますが、hitoeの生地そのものに水分を蓄え保湿するため、角質の乾燥をも防いでくれる役割も担ってくれるのです」

モータースポーツや、レース、医療まで。
さまざまな場面で活用されるhitoe

hitoeは適切なフィッティングを行えば、正常な心電波形の取得はもちろん、筋電などさまざまなデータを取得できる。スポーツ用と一口に言っても、それぞれ求められる精度や役割が異なるため、hitoeでは用途ごとに最適なウェアを作っているという。

講演中や会場内に展示されたブースでは、hitoeのさまざまな用途における活用事例が展示・紹介されていた。

最高時速378kmで走る車のドライバーの生体情報は如何に

講演内で紹介されたのが、最高時速約378kmにもなるインディ・カーレースにおける実証実験だ。NTTでは、米国のカーレーシングチーム「Chip Ganassi Racing」の協力を得て、走行時のドライバーの生体情報を取得。レース中の身体にはどのような変化が起こっているかを探る実証実験を行った。

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実験ではレースドライバー用に専用のアンダーシャツを開発し、心拍と筋電の2種類のデータを取得した。心拍数のデータからは、レース開始直後から急激に上昇し、コースの周回を繰り返している間は常に高い状態にあることが明らかになった。また減速時はさらに心拍数が上がるなど、ドライバーの行動と心的負担の関係性がわかる結果になった。

筋電のデータからは、カーブなど外側に向けて遠心力がかかる状態のとき、姿勢が崩れたり、体内の血液が偏らないようにしたりするためハンドル動作に合わせて、筋肉が収縮している様子がわかった。

普段生活している状態では遭遇することのない極限状態におけるバイタルデータは、その人の潜在能力を示唆するデータでもある。同じレーサーにとっての研究材料となるのはもちろん、人間の身体の限界を探る材料にもなるだろう。

プロスポーツの高揚感を共有し、ともに体験する

ブース展示では、hitoeと各種センサーを用いて、スポーツ選手やアスリートの競技中の緊迫感・高揚感を共有する展示が行われていた。自転車レースにおいて、スピードやケイデンス(回転数)などを計測できるロードバイクと、映像を取得するカメラ、心拍数や筋電を取得できるhitoeを合わせて、多様なデータを取得する仕組みを構築。それぞれのデバイスで取得したデータを元に、レース中の選手の生体情報を分析し、選手が今どのような状況なのかをビジュアライズしてくれるというものだ。

心拍を解析することで、残存体力がどの程度かという指標「HP(ヒットポイント)」を算出することも可能だ。筋電の解析からは筋疲労がどの程度かを把握することもできる。これらのデータは、実際のレースに挑む選手のトレーニングに活用できることはもちろん、レースがどれだけ負担が重いものなのかを視聴者に届けるという意味で、エンターテイメント分野での活用も見込まれている。

スポーツだけでなく、医療でも見込まれるhitoeの活用

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生体用電極に適した素材として開発されたhitoeだが、現在はスポーツだけでなく医療用での活用も見込まれている。医療用として活用するためには、スポーツよりはるかに厳しい要件や医療基準が存在する。しかし、NTTグループではさまざまな試行錯誤を経て、国際基準を満たし、医療機器認定を取得。現在、臨床試験に向けて動いている段階だ。

hitoeは従来の医療用の貼付け電極に比べると、粘着質のテープなどで貼る必要がないため、肌などへの負担が少なく、長期間安定的にデータを取得できることが特徴だ。他にも、工事現場など屋外作業時に、心拍データをトラッキングすることで脱水症状などを防ぐ活用事例も出てきている。スポーツに限らず、多様な分野へ技術が広がっていくことにも期待が集まる。

試合の戦略やプレイヤーの体験変容

NTTグループではhitoeだけでなく、さまざまなソリューションをもたらす研究開発を進めている。スポーツ分野ではいままで感覚値や経験値からはじき出されてきていたものが、テクノロジーによって次々と客観的に分析することが可能になってきている。hitoeにつづいて、プレイヤー側へのテクノロジーの影響をいくつかの研究と共に紹介していく。

脳科学がスポーツを飛躍的に進化させる可能性

スポーツでは、勝つために経験則的に正しいとされていることが多々あるが、その正しさを科学的・データ的に判断しようとする動きがある。R&Dフォーラムの展示「スポーツ能科学研究プロジェクト」では、hitoeのようなセンシング技術やICT技術を用いてアスリートの身体の動きを精緻に捉え、そこから脳の情報処理メカニズムを調べる研究が紹介されていた。

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スポーツはレベルが高くなればなるほど、いわゆる選手の身体能力だけでは勝敗が決まらず、一方で体格や筋力で見劣りしても、素晴らしい活躍を見せる選手もたくさんいる。この両者を分けるのは脳の情報処理、特に無自覚(潜在)的な脳の情報処理に違いがあるという。「スポーツ脳科学研究プロジェクト」では、一流選手と超一流選手のパフォーマンスの違いや、ゲーム中の一瞬の判断と身体運動の変化などを脳科学的に分析し、超一流選手の潜在脳機能のエッセンスを解読することをめざしているという。そのエッセンスをアスリートにわかりやすくフィードバックすれば、アスリートのパフォーマンス向上や日本の競技レベルの向上につながるかもしれない。

データドリブンなスポーツ戦略

ラグビーワールドカップ2015でのスポーツアナリストの活躍がビジネス誌を賑わせたのは記憶に新しいところだろう。このように、データドリブンのスポーツ戦略策定は確実に各種目に広まってきている。

展示されていた「データに基づくチーム戦略を自動的に抽出する技術」では、サッカーにおいて映像やセンサーなどを用いて、プレイログや位置情報といったデータを膨大に集めて機械学習技術を用いて客観的に分析。これにより従来は評価が困難であった選手間の連携プレイや試合の勝因、敗因を探ったり、対戦チームの得意、不得意な攻撃パターンを試合前に分析し戦略を立てるためのツールとして使用。スポーツチームにフィードバックすることでコーチの意思決定のサポート、選手やチームのパフォーマンス向上に役立てる技術の研究が紹介されていた。

スポーツ種目ごとに集めるべきデータや、データ活用の仕方は異なっており、同じ技術を横展開していくことは容易ではない。だが、スポーツにおける膨大なデータを時空間データ分析技術を用いることで単純なデータの集計では分からないような分析が可能となった。スポーツのデータ活用に向けたインフラ作りが現在のフェーズといえるだろう。

次世代のスポーツ体験を。
スポーツ観戦をアップデートするテクノロジー

スポーツ分野でのテクノロジー活用は、アスリートだけのものではない。スポーツを楽しむ側の体験もテクノロジーによって大きく変化することが予想されている。

NTTグループは、通信ネットワークを保有する強みを活かし、新たなスポーツ体験の提供をめざしている。研究が進んでいるスポーツ体験の次なる可能性を紹介していこう。

視聴者側の体験の変容

展示ブースのなかでもひときは注目を集めていた展示が、ツール・ド・フランスにおける活用事例だ。

ツール・ド・フランスでは、NTTグループのディメンジョンデータ社が、通信機能を持ったGPS内蔵デバイスを、全選手のサドル下に設置。レース中、継続的にデータを収集し、GPSによる選手の位置情報などの各種データがリアルタイムに視聴者へ提供された。

自分の応援する選手がいまどのような状況なのかを、トップ選手からの距離やスピード差など数的根拠を持って理解するなど、新たなスポーツ観戦の形を提示した事例だ。

遠隔地でのリアルタイム映像技術は次のステージへ

会場内で行列になるほど注目を集めていたのがイマーシブ・テレプレゼンス技術「Kirari!」の体験展示だ。スポーツ競技やエンターテイメント公演などを遠隔地へリアルタイムに伝送し、臨場感高く再現。実際の会場内での体験と映像・音響・タイムラグとも限りなく遜色ない状態の再現をめざした技術だ。

Kirariは、松竹、ドワンゴと共に歌舞伎と最新のICT技術をコラボレーションさせる企画を技術面から支援している。例年開催されている「ニコニコ超会議」内では、2016年に続き2017年も「超歌舞伎 Supported by NTT 花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ)」と題された新たな歌舞伎表現をサポートしている。

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データドリブンが、全ての人のスポーツ体験を変える

プレイヤー側、観戦者側、それぞれにおいてテクノロジーやICTの活用は新たな価値や体験を提供することが見込まれている。

スポーツはプレイヤーだけのものでないように、テクノロジーも技術者だけのためのものではない。テクノロジーやNTTグループならではのさまざまなアセットを用いて、新たな価値、次なる体験を提供していけるよう、引き続き研究を続けていきたい。

写真=植村忠透 Photos : Tadayuki Uemura
文=小山和之(inquire) Text : Kazuyuki Koyama(inquire)