テクノロジーの革新は、エンタテインメントの姿をも大きく変えていくかもしれない。その可能性をヒットメーカーとともに探るシリーズ企画。第2弾は演出家の佐々木敦規氏が、2020年に向けて実用化が期待される新たな映像技術を取材した。

nikkei_ent_201703_02_contents_01「Kirari!」で卓球プレーヤー2人の映像をリアルタイムに配信。ステージ上の実物は卓球台だけだ。

nikkei_ent_201703_02_profile

ささき・あつのり
1967年生まれ、東京都出身。演出家・映像ディレクター。フィルムデザインワークス取締役。『とんねるずのみなさんのおかげでした』などのバラエティ番組、格闘技番組の演出を経て、2010年からももいろクローバーZのステージ演出を担当。日産スタジアム、国立競技場といった数万人規模の会場演出を中心に手がけている。

 ももいろクローバーZのコンサート演出をはじめ、舞台やテレビの世界で演出家として活躍する佐々木敦規氏が、神奈川県横須賀市にあるNTTの研究所を訪問。そこで研究が進められている新技術「Kirari!」(囲み参照)を体験した。パブリックビューイングの臨場感を高める技術として、早期の実用化が期待されている「Kirari!」。この研究開発に携わるNTTの秦泉寺浩史氏と佐々木氏が語り合い、新たな映像技術が生む未来のエンタテインメントの姿を探る。

佐々木 子供の頃、夢に描いていた空想科学の世界。それが実現しそうだと分かって高揚したというのが「Kirari!」の映像を見た率直な感想です。僕は昔プロレス少年で、出身が北海道。残念なことにプロレスのいい試合は、だいたいが東京か大阪でやるんです。しかも当時のテレビは、録画中継がほとんど。生で見たいけど絶対に無理。だからプロレス会場が都合よく自分の目の前に現れて観戦できたらいいのにと、ずっと思っていました。

秦泉寺 立体的な映像を生み出す技術は他にもあります。「Kirari!」は、これら立体的な映像を生み出す技術に、リアルタイムに映像を伝送できることが大きな特徴です。すでにつくられた映像を伝送するよりも難度がはるかに高く、現在は技術を磨いている段階です。遠隔にいる人の動作を立体的な映像としてリアルタイムに見せる。その映像となった人物とコミュニケーションがとれるようになることは、通信業界の目指すべきゴールの1つとして昔からありました。非常に難しい課題ではありますが、「Kirari!」が、その実現に向けた1つの取組みになればと考えています。

別の空間を丸ごと伝送

佐々木 「Kirari!」の技術でつくられた「空手の演武」を見て素晴らしいと思ったのが、同期がしっかりとれていること。人物の映像、その影、足が畳を擦る音と、すべてが自然だと感じる。これらの要素はいずれもバラバラにしてから伝送されるのですよね。

秦泉寺 そうです。人物のみを切り抜いた映像、人物以外の映像や音響情報も別々にして伝送し、上映する会場でそれらを同期させます。人物の切り抜き処理も含めて、これをリアルタイムに行うことで、離れた場所にいても同じ体験が共有できる。いわば別の空間を丸ごと目の前に伝送したかのような極めて高い臨場感が体感できるというわけです。

佐々木 今回見させてもらった「Kirari!」の映像は、基本的に1つのカメラで定点撮影した映像からデータを抽出したものですよね。これを複数のカメラを使って多方向から撮影した映像を組み合わせたら、もっと面白くなると思いました。自分が瞬間移動して見ているかのような、いろんな角度からの立体的映像が楽しめるようになるはず。

秦泉寺 自由視点映像という発想ですね。会場の全周にカメラを設置し、撮影した映像を自然につなげてさまざまな視点からコンテンツが楽しめる技術です。実はすでに録画映像を使って実現されていますが、「Kirari!」が目指すのはそれをリアルタイムで見せること。理屈としては可能なので、将来的にはきっと実現できると思いますよ。

佐々木 なるほど。従来のパブリックビューイングは現場の臨場感を超えるのは難しいと思っていましたが、「Kirari!」の登場で新しい可能性がどんどん見えてきますね。例えばコンサートの場合、自由視点映像のようなカメラの工夫に加え、実際には舞台にいないダンサーを登場させる、新しい照明効果を加えるなど、プラスアルファの演出も簡単にできますよね。リアルなコンサートよりも「Kirari!」を使ったパブリックビューイングのほうが楽しいという人も出てくるかもしれません。

秦泉寺 我々は「Kirari!」をイマーシブ・テレプレゼンス技術と呼びます。これは主にテレビ会議システムなどで用いられる「テレプレゼンス」という単語に、没入型を意味する「イマーシブ」を付けた言葉です。つまりこの技術は、離れた空間を極めて高い臨場感や没入感を提供し、つないでいくことが大きな目的です。これまで通信業界は、ありのままを伝えることを重要課題として取組んできました。それは今後も変わりませんが、エンタテインメント分野においては、臨場感や没入感を高めるために演出を加えるというのも1つの解決策ではないかと個人的には考えています。

nikkei_ent_201703_02_contents_04NTTサービスエボリューション研究所 秦泉寺浩史 氏
極めて高い没入感と臨場感を提供するのがこの技術の目的です

nikkei_ent_201703_02_contents_05「Kirari!」なら本物のライブを超える演出が実現できるかも

2020年を目指して

佐々木 演出という方向では、コンサートの現場でも使えそうですね。僕はももクロのコンサートではスタジアム級の大きな会場の演出を手がけることが多いのですが、ステージが遠くてメンバーが小さく見えるというお客さんもいます。そうした人たちにもっと楽しんでもらうため、例えばパフォーマンスしているメンバーの立体映像を空間に浮かび上がらせることができたらいいなと思います。さらに、ももクロで言えば海外のアーティストとのコラボを検討することがあるのですが、互いの距離が離れていると簡単には実現できません。でも「Kirari!」を使えば、違う国にいながらステージで共演できるようになる。これは実用化が待ち遠しいです。

秦泉寺 「Kirari!」は、2020年の実用化をめざしています。スポーツ競技やコンサートのパブリックビューイングはもちろん、この技術をビジネスとしてどう広げていくかも今後の重要な課題です。例えば遠隔で行われる講演や会議に応用するといった身近な展開も、我々がやるべきアプローチだと考えます。

佐々木 あと数年すれば、日本各地で「Kirari!」を使ったスポーツ観戦やコンサート鑑賞が実現すると考えると、本当にわくわくしますね。僕自身も舞台に「Kirari!」を取り入れた効果的な演出方法を、今から真面目に考えてみたいです。

超高臨場感をリアルタイムに届ける

実際の空手の演武を再現

2016年2月開催の「NTT R&Dフォーラム2016」で公開された、空手の演武におけるリアルタイム中継の様子。別の会場で空手の演武を繰り広げる被写体をリアルタイムで背景映像から切り出し、まるでそこに存在しているかのような臨場感あふれる立体的な映像としてステージに映し出した。

nikkei_ent_201703_02_contents_03

未来の映像技術「Kirari!」とは?

2020年の実用化を目標に、NTTが研究開発を進めている新たな映像技術。スポーツ競技が目の前で行われているかのような立体的な映像による超高臨場感を、世界のどこにいてもリアルタイムに体感できるのが特徴。被写体を背景映像から切り出す技術、被写体、背景映像、音響データなどを個別にリアルタイム伝送する技術、上映先で同期する技術など、高度かつ多重的な技術の組み合わせで構成されている。

【日経エンタテインメント 2017年2月号からの抄録】

Text=日向進
Photograph=加藤康