日々進化するテクノロジーは、エンタテインメントのあり方をも大きく変えていくかもしれない。その可能性をヒットメーカーとともに探るシリーズ企画。第1弾は大友啓史監督が、NTTの研究所に直撃取材する。

nikkei_ent_201703_contents_01左は「ぶるなび」を研究開発するNTTコミュニケーション科学基礎研究所の五味裕章氏。

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おおとも・けいし
1966年、岩手県出身。90年にNHKに入局し、2009年に『ハゲタカ』で映画監督デビュー。大河ドラマ『龍馬伝』(10年)の演出を最後にNHKを退局し、『るろうに剣心』3部作(12~14年)、『プラチナデータ』(13年)といった話題作を次々と手がける。11月12日には小栗旬主演の『ミュージアム』が公開、現在『3月のライオン』前編が公開中。4月22日に、『3月のライオン』後編が公開予定。

 『るろうに剣心』3部作、『ミュージアム』など、話題作を次々と手がける大友啓史監督が神奈川県厚木市にあるNTTの研究所を訪れ、実用化前ながらも大きな注目を浴びる先進デバイス「ぶるなび」(囲み参照)を体験した。「ぶるなび」の他にない特徴は、触覚による情報伝達を模索していること。この研究に携わるNTTの五味裕章氏との会話から、大友監督がエンタテインメント分野への展開の可能性を探る。

nikkei_ent_201703_contents_04NTTが開発中の「ぶるなび4」

大友 「ぶるなび」は、手の中でいろんな方向に引っ張られる感覚を味わえるのが面白いですね。前や左右に引っ張られるのは経験として分かるんですけど、手前に押される感覚はあまり体験したことがないので新鮮でした。

五味 このような新しいものができる瞬間というのは、実は遊び感覚なんですよね。初めに「こう動かしたらこう感じるかもしれない」という発想があって、試しにつくってみると「確かに感じる」と。そこから「少し真面目につくってみるか」となって、どんどん深掘りしていくわけです。

大友 今日体験した中では、特に「魚釣り」が面白かったです。当たり前だけどリアルな釣りとはまた違って、クレーンゲーム機の磁石版という印象。磁石でターゲットを引っ張り上げる感覚に近いかも。VRの映像と組み合わせてやると自分が釣り針と一緒に魚のいる場所に降りていくような不思議な感覚もあって、身体が拡張されたような気分も味わえました。

五味 伸びるはずのない手が伸びるというような身体の拡張を感じるのは、没入感のあるVR映像の影響が大きいでしょうね。

大友 でも、これがVRの映像だけだと体験者は傍観者という立ち位置から抜け出しにくい。「ぶるなび」で刺激され身体性が加わるからこそ、感情移入がしやすくなって面白さも増す気がします。

触覚は感情に近い器官

五味 「バーチャル犬の散歩」も試していただきましたね。

大友 最初はあちこちに引っ張られてうまくいかないけど、だんだん思い通りに操れるようになっていく。そうすると不思議なもので、画面に映る犬を名前で呼びたくなるんですよ(笑)。犬が見えるという視覚、犬がほえるという聴覚、それに犬が引っ張るという触覚が加わることで、過去に自分が犬と散歩した記憶も刺激されて何か感情に訴えてくるものがあって…。

五味 それは全く不思議な話というわけでもなさそうです。触覚は感覚の中で比較的早く発達したもので、視覚や聴覚と比べると原始的な感覚です。しかも触覚器官や皮膚は、脳と同じ外胚葉という組織から派生しています。親しくなった相手には触れたい気持ちになると思いますが、それは触覚を含む皮膚感覚がより原始的で感情脳にも近い関係を持っているからではないでしょうか。

大友 確かにハグから人間関係が始まったりしますものね。逆に映画やドラマは視覚に訴えるもので、触覚からは離れていく行為ですよね。だから僕らは例えば『龍馬伝』では衣装をわざと汚したりして、登場人物を見る人の手に届くリアルな存在にしようと四苦八苦するわけです。ただし「ぶるなび」による触覚と視覚の結びつきは、見る人たちが物語を共有体験する映画とはまた少し違って、何か個人的ことを思い起こさせるような気がするんですよね。

五味 まさしく触覚は個人の体験なんですよ。映像や音はみんなで一緒に楽しめますが、触覚は違う。パーソン・トゥ・パーソン(個人と個人)、自分とモノという、とてもローカルな体験です。それが今後の「ぶるなび」研究の重要なキーワードの一つになってくるだろうと思っています。

nikkei_ent_201703_contents_03あらゆる感覚を通じて人と人をつなげていく。それが我々の挑戦です

nikkei_ent_201703_contents_02「ぶるなび」を使えば、登場人物の感情も体感できる予感がします

人と人をつなぐデバイス

五味 NTTグループの取組みを大きなくくりで言うと、人と人を情報でつなぐことだと思っています。視覚と聴覚の分野は発展して数多くのデバイスが存在しますが、それに対して触覚の研究は立ち遅れています。そこを我々が開拓していきたいと考えています。

大友 「ぶるなび」は方向を示すデバイスであると同時に、人と人の感情をつなぐものでもあるということですね。映画でも重低音の響きで劇場自体を震わせることがあるんですけど、それは注目させたり脅かしたりとか、映像の迫力を増すための効果なんですよね。「ぶるなび」を劇場で使うなら、それとは違う感情を伝えるような使い方がいいのかな。例えば僕が撮った『ミュージアム』という映画は連続殺人事件を扱った作品ですが、その恐怖、主人公の体の震えを表現するとかね。それは新しい表現方法だし、可能性は大きく広がっていると思います。

五味 生き物としてのリアリティーを振動で伝えるためには、実は単に震わせるだけではダメなんです。例えば「魚釣り」では大きい魚もいれば小さい魚もいて、それぞれ別の手応えが感じられるようにしなければいけない。生きものらしさを持つような動きをする物を見たとき、我々は「アニマシーがある」などと言ったりしますが、それを触覚デバイスでいかに感じさせるかも大きな課題です。

大友 近年は映画も3Dや4Dなど、特別な環境で特別な映像体験をしてほしいというコンセプトの劇場が増えています。それと同じように「ぶるなびシアター」があったら面白そう。従来の劇場が物語を共有体験する場だとしたら、「ぶるなびシアター」は登場人物の感情も体感できる、全く新しいエンタテインメント体験になる予感がしますね。

手も心も“ひかれる”装置「ぶるなび」を体験

未来のデバイス「ぶるなび」とは?
NTTが開発中の錯覚デバイスで、特殊な振動により「手を引かれるような感覚」を生み出す装置。2004 年から開発が始まり、初代は1 方向のみのけん引感覚だったが、平面360 度に導ける「ぶるなび2」、大幅に小型化した「ぶるなび3」と進化。現在は6自由度(並進3自由度、回転3自由度)のけん引錯覚を実現する「ぶるなび4」が登場している。将来的にはVRゲーム、画面の地図を見なくとも引っ張る力でナビゲートするスマホなどへの展開が考えられている。

バーチャル犬の散歩

小型デバイス「ぶるなび」で犬のリードに引かれている感覚を実現する。画面上の犬が左右に動くと、確かにその方向に引かれる感じがする。体験者がリードを引っ張るしぐさをすると、犬の進む方向をコントロールすることができる。

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魚釣り

魚が食いついたときの当たり、釣り上げるときの引きや重みを「ぶるなび」の振動で実現する。川を真上から見下ろす視点で、狙った魚の近くに釣り針を落とすことで魚が反応する。ヘッドセットを使ったVR映像と連携させることで、没入感・臨場感の向上が望める。

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サイクリング

両手で持つハンドル型の「ぶるなび」(下写真)がサイクリングルートをナビゲートする。ヘッドセットを使った360度のVR映像、映像と連動して負荷が変わるフィットネスバイクをこぐことで、視覚と肉体も刺激される。

【日経エンタテインメント 2016年12月号からの抄録】

Text=日向進
Photograph=加藤康