米サンフランシスコに拠点を置くスタートアップのEnlitic, Inc.は、ディープラーニングを活用し、医用画像(X線画像、MRI画像、CTスキャン画像など)から放射線科の医師を上回る精度で悪性腫瘍の検出を可能にした。東京大学発のスタートアップ L Pixel, Inc. は、ディープラーニングによる高度な画像解析技術で脳の医用画像から脳腫瘍を見つける精度をアップさせ、放射線治療後の効果測定に活用している。

これらのAI技術を用いた事例はあくまで健康・医療分野に起きているイノベーションの一例だ。AI技術によって存在するデータの分析精度を向上させる以外にも、センシング技術を用いてこれまでデータ化されていなかった健康状態をデータ化しようという動きがある。

私たちの健康は、これから先どのように形作られていくのか――ドコモで個人の健康チェックを加速させる研究開発を行っているエンジニアに話を聞いた。

生体ガス計測による手軽な健康チェックを実現化

健康は一朝一夕で実現するものではなく、日々の行動の積み重ねによってつくられる。自身の健康状態を日々チェックすることは、健康のための行動のモチベーションを高めたり、行動の成果を確認したりする上で欠かせない。しかし、時間や手間がかかる健康チェックは継続が難しい。そこでドコモでは簡単・手軽に健康チェックが行える装置の研究開発が進められている。

ドコモの山田が研究開発しているのは、生体ガスと呼ばれる呼気や皮膚から出るガスに含まれる成分を分析することで、簡単・手軽に詳細な健康チェックが行える装置だ。

例えば、生体ガスに含まれる脂肪代謝の指標となるアセトンを計測できれば、脂肪燃焼に効果的なダイエットを行ったり、糖尿病や摂食障害、過度なダイエットや妊婦のつわりの重症化などに起因する代謝異常の有無をチェックしたりできるようになるという。開発装置は、呼気に含まれるアセトンを計測可能で、病院の受診要否を判断するためのセルフ健康検査が行える「ヘルスキオスク」に実装されている。

ヘルスキオスクの端末

「ヘルスキオスク」は、ユーザが画面の案内に従いながら備え付けの各種センサや健康管理機器を操作し、自身の健康状態に異常がないかをチェックできる装置だ。公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団社会システム実証センターと、国立大学法人九州大学システムLSI研究センターの指導の下、株式会社スマートサービステクノロジーズが開発・製造している。

同装置は、身長、体重、血圧、体脂肪率、体温、脈拍、視力、聴力、肺活量、緑内障、白内障、心電波形、メンタルヘルス、認知症など計21項目以上のチェックができる。

街中や企業の健康管理室などに「ヘルスキオスク」のような個人が健康をセルフチェックできる装置が配置されることで、人々が気軽に利用でき、病気の予防や早期発見につながると期待されている。

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そして、家庭でも簡単・手軽に健康チェックを行うために開発されたのが、足裏の皮膚から放出される複数種類のガスのうち、脂肪代謝・飲酒・脱水の指標となる3種類のガスを同時に計測できる装置だ。

この体組成計のようなデザインの装置は、約20秒間乗るだけで、皮膚から出る3種類のガス(アセトン、エタノール、水蒸気)を計測し、脂肪代謝レベル、飲酒の有無、水分補給の要否がわかる。その結果は、無線接続したスマートフォンやタブレット上で確認ができる。

結果がタブレット上に表示

世界初の健康管理装置を生み出すまで

「生活習慣病の予防・改善に向けて、お客さまの詳細な健康状態を簡単・手軽にチェックできる装置の研究・開発を行っています。これまで詳細な健康チェックを行うためには、採血等が必要でした。呼気や皮膚ガスなど、より簡単に採取可能なものから詳細な健康チェックができるようになればと考えています」

山田はそう語る。彼は大学院時代、生体情報センシングに関する研究に取り組み、「携帯電話で健康チェックができる時代になれば」という想いからドコモに入社した。

「ドコモでは社会的課題の解決に力を注いでおり、医療・健康分野において大きな課題となっているのが生活習慣病の予防・改善です。これを実現するために、生体ガス、涙、唾液、汗などの採取が比較的容易なサンプルが使えないかと考えていました。中でも生体ガスは、採取が最も容易ですし、サンプルが気体なので繰り返し計測もしやすい。生体ガスの中でもアセトンを計測できれば、脂肪代謝レベルのチェックができるので、生活習慣病の元となる肥満の予防・改善にも役立ちます」

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ドコモのアセトンに関する研究は、過去にはMIT Technology Reviewやブラジルの雑誌にも掲載されるなど、海外でも注目されている。

世界的にも注目の研究開発を行ってきた山田だったが、その過程は順風満帆ではなかった。研究が実を結び始めるまでには、苦労もあった。

「生体ガス分野はまだ研究者が少なく、開拓の余地が大きい分野です。その中でも呼気や皮膚ガスに含まれる非常に低濃度のアセトンを小型の装置で計測することは非常に困難でした。前例の無い中、計測アルゴリズムや計測方式を試行錯誤しながら研究開発を地道に進め、これまで幾つもの世界初の計測装置を開発し、生体ガス分野の研究開発をリードしてきました。」

データを集めるためにも、より人々の日常に寄り添ってデータを計測することが望ましい。現在は、「ヘルスキオスク」や体組成計タイプのアセトン計測装置が、この先スマートフォン等にも搭載されていくのだろうか。

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「スマートフォンに外付けする呼気アセトン計測用のアクセサリは需要があるのではと考えています。また、ウェアラブルデバイスにアセトン、飲酒の指標となるエタノール、二日酔いの指標となるアセトアルデヒド、加齢の指標となるノニナールなど、複数種類のガスを一緒に計測できるようになれば、身に着けるだけでより高度な健康管理が実現できるようになると考えています」

山田によれば、生体ガスを計測するためのセンサはウェアラブルデバイスに搭載可能であるという。センサの動作のための消費電力の問題や、生体ガス計測に影響を与える大気中の他のガス成分の問題など、実用面を考慮した課題をクリアできれば、ウェアラブルデバイスに搭載される未来もそう遠くはない。

2020年の健康チェックはどうなる

5Gの商用化が始まり、AIもIoTも進化すると予想される2020年において、個人の健康チェックはどのように変化しているのだろうか。

「ウェアラブルデバイスやIoTデバイスが進化して、センシングできるデータの種類や量が多くなれば、膨大なデータの分析にAIが用いられるでしょう。

2020年にはアセトン以外にも、センシングできる情報が増えていると予想されます。ゲノム(遺伝子)情報や診療情報などと合わせて分析することができれば、より詳細なデータ分析が可能になりますし、データに基づいたアドバイスもより深いものになります」

「とにかくデータを集めることが重要」――そう山田は語る。ドコモはAI技術にも強みがある。膨大な生体データが集まってきたときに、ドコモのアセットが役立つのではないか、と山田は考えている。

「アセトン計測は、技術的には普及可能な水準に達しています。課題は、アセトン計測の意義や価値を、お客様が理解・実感しやすい形でいかにサービスとして設計するか、飽きられることなく継続して使っていただくための仕組み作りなどが普及に向けてのキーポイントになります」

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アセトン計測が今後普及していくためには、多様な利用シーンに触れられることも重要だ。

アセトン計測が活躍する領域は、日常の健康管理に留まらない。アスリートのような体調管理が最優先の人々にとっても、重要な役割を担うこともできるかもしれない。

「アスリートが練習しすぎるとアセトンの放出量が異常に増える可能性があります。アセトンを計測することでアスリートのオーバートレーニングを防止するといった健康管理面での貢献ができるかもしれません」

センシング技術の発達により、これまでは計測できなかったデータが計測可能になってきている。センシング可能となった膨大な情報の分析をAIが行うようになり、山積みとなっている健康や医療に関する多くの課題が解決へと向かうだろう。

その際に、センシングとデータ分析の間をつないでいくのが、通信技術の進化だ。大量のデータをセンシングし、分析することで課題を解決していくことになる未来。そんな未来に向かうために、ドコモの通信技術は大きく貢献するはずだ。

写真=植村忠透 Photos : Tadayuki Uemura
文=モリジュンヤ Text : Junya Mori